No.3 バット(2004/11/2)
第1話から最終話まで、一貫して主人公ケンシロウの傍に居る人物のひとり。登場時は盗賊のようなことをして食べていたすばしこい少年。ラオウの死までは少年で、帝都編以降は結構格好いい青年に変身する。
「北斗の拳」の世界では、北斗や南斗などの特殊な拳法の使い手が圧倒的に強いのだが、バットは最後までそのようなものは習得せず、あくまでも一般人として戦い続ける(とは言え、一度だけ一撃で修羅を瞬殺したり、リンの記憶を奪ったり、と怪しげなことをしているが、これらは見よう見まねの北斗神拳、ということで、習得のうちには含めないことにする)。
一般に、「北斗の拳」世界での強さは“血筋”への依存度が大と思われる。ケンシロウの「生まれたときから暗殺者だった」(この発言が“北斗宗家”などの設定が存在していなかったはずの初期に登場するのは凄いと思う)や、ジュウケイの「ヒョウは宗家の血が薄い。真に宗家を継ぐのはおそらくケンシロウ」などの発言が証拠である。バットが“血筋”に恵まれていないのは確かである。故に、彼は北斗世界では一流拳士になれない。
だが、読み返してみると、幼い頃から血筋以外の才能には恵まれていたのではないかと思えるフシがある。たとえば、ケンシロウと二人でシンの本拠サザンクロスに潜入するシーンでは、超越的身体能力の持ち主ケンシロウの動きに全く遅れをとることのない身のこなしを見せてくれる。もうひとつ、初読時に不思議に思ったシーンがある。少年時代のジャッカル編で、ジャッカルの部下の記憶を消したケンシロウが「バット、やつらを砂漠にでも捨ててこい」と命じる場面である。いかに抵抗できないとはいえ、大の大人の身体をどのように砂漠まで運んだのだろうか。車を使ったにしても、車に乗せたり下ろしたりするのにはそれなりに大変な筈。きっと、少年バットは瞬発力や筋力に恵まれたエリートアスリートの卵だったのだろう、と考えれば納得もいく。
なお、一般人の強者の代表格として、バットの他にアインがいる。ただ、バットvsアインとの手合わせでは、ほぼ互角ながらもバットの方に若干の余裕があるようにも見える。また、我流の拳を使うジュウザ(恐らくバットとは比べ物にならぬほど強い)も一般人に含める説もあるようだが、彼はユリアの異母兄弟なので、南斗の血筋を引いているのではなかろうか。南斗の拳を用いていなくても、血筋ゆえの才能によってラオウに善戦できるほどに強くなれたとも考えられる。
以上の考察から、バットは“血筋”を持たない一般人としては最強クラスであると推測される。青年になってからのバットに対し、ケンシロウがある程度以上の信頼を置いていたのも頷ける。ファルコやボルゲには歯が立たなかったが、彼らは一流拳士なので仕方なかろう。とは言え、一般人でありながらも、瀕死の最終回では「お前は素晴らしい男だった」とケンシロウに賞賛されるなど、一貫して“良キャラ”設定がなされている。ラストを見る限り、総合的な意味での“勝者”“最強の男”はバットではなかったか、という気がしないでもない。