解は水色

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§12 2002年8月17日 22:15

 5人が再び遊戯室に勢揃いしたところで、ゴンがすかさず発言した。しかし、その内容は思いもかけないものだった。
「ルイさん」
呼ばれたルイは、驚いたようにゴンのほうを向いた。
「その水色のTシャツはルイさんに似合っているよね。8:02に浴室に向かうとき、余りにも似合っていたのに見とれてしまって、僕は思わず階段の途中まで追いかけてしまったよ。尤も、ルイさんが1階に下りたのを確認した後は、すぐに持ち場に戻って読書を続けたけどね」
何とも場違いな発言。このような状況で愛の告白でもするつもりだろうか。ルイはゴンのことを、怪物でも見ているような表情で眺めていた。場の空気は完全に凍り付いている。私はたまらず、
「おい、それが事件とどういう関係があるんだ。まともな質問をしてくれよ」
「わかりました。では、オーナーに質問があります。玄関のドアの鍵は、中からは自由に開閉できる、ごく一般的な家庭にあるものと同じタイプのようですね。先程私が9時にペンションを出るときには鍵がかかっていました。もちろんオーナーが施錠されたのでしょうが、何時ごろでしたか」
オーナーは、相変わらず力のない声で答えた。
「時刻は覚えていますよ。17時35分頃、お二人の卓球の試合が終わって、食事を運びに厨房へ向かう途中でした。あ、そのときはミカさんも一緒でしたね」
ミカは小さく頷いた。ゴンは更に質問を続ける。
「その後の時間帯に施錠を確認されましたか」
「19時15分頃、食事を終わって食器を厨房に戻す際、確認しました。確かに鍵はかかっていました」
「あのときは皆一緒に行動していましたが、僕はオーナーがドアに近づくのを見ていませんよ」
「玄関ロビーの照明は明るめにしてあるので、近づかなくても、横目で確認すれば判ります」
すると、ゴンはその返答に満足したのか、満面の笑みを浮かべながら、
「なるほど、そうですよね。オーナー、もう一つだけ。僕は先程夜の山道を歩いてきましたが、なかなかスリルがありましたよ。でも、道になっている部分を歩いている限り、足元が照らされてさえいれば、さほど危険はないと感じました。でも、仮に原生林の中に踏み込んだなら、この闇の中では20メートルも進めば方向感覚を失いそうですよね」
正直、質問の意図が不明である。オーナーはやや面倒そうに応えた。
「夜は10メートルでも危ないですよ」
「そうですよね。次に、チーフに2つ質問したいのですが、20:02に、トムの部屋のテレビがつく音を聞いたそうですが、他の物音は聞こえなかったのですか」
「その後に窓を閉めてしまったんだ。何も聞こえなかったよ」
「そうなんですか、実は、私もトムの部屋と壁1枚隔てた所にいたので、20:02にテレビがついたのは聞こえましたよ。チーフの証言はこの点については正しいようですね」
「何だよ。他の点で嘘があると思っているのか」
「いえいえ、そうではないのです。お気になさらずに。もう一つチーフに質問ですが、トムは腹と胸の2箇所を刺されていたように見えました。理由は何だと思いますか」
「それは恐らく、最初に腹を刺して、急所を外したと思った犯人が続けて胸も刺したのだろう。でも、腹からの出血も相当なものだったようだから、結果的には1箇所だけで致命傷だったんじゃないかな」
「僕も全く同感です。さて、最後の質問です。チーフ、僕はさっきまで歩き続けて、Tシャツは汗でびっしょりなんです。脱いでいいですか」
「それはいいけど、ゴン、お前さっきから…」
「いいんですね、脱ぎますよ」
ゴンはシャツを脱いだ。色白でぶよぶよの肥満体。乳首や腹部の毛の生え方も醜い。脱いだシャツを自分の鼻に近づけて一言。
「凄く汗臭くなっています。でも、チーフも結構汗臭いようですよ」
ゴンの奇行と暴言の数々に、私はついにぶちきれた。
「おい、ゴン、いい加減にしろよ。皆が真剣に真相を究明しようとしているときに、何だその態度は」
「行き過ぎた点は謝ります。でも、今のチーフの反応で、1つ判ったことがあります」
「何だそれは」
「チーフが到達した結論と、僕が到達した結論とでは明らかに違う、ということです」
やはり、この男は何かを掴んでいるのだろうか。
この男には負けたくない。私は怒気を緩めて、言った。
「判った、ゴン。お前の結論とやらを聞かせてくれ」
小さく頷いたゴンは、能弁に語り始めた。

いよいよ、真相が明かされます。

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