解は水色

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§11 2002年8月17日 22:00

 一同からざわめきが起こった。しかし、電話線を切断するほどに用意周到な犯人が、その程度の気配りを行ったとしても不思議ではない。先程到達した結論にはいささかの変更もなかった。 ゴンはまるでそれを見抜いたかのように、
「チーフは余り驚いていないようですね。犯人の目星がついたのですか」
「大体はね。まだ今一つはっきりしない部分はあるが」
「僕にはまだわかっていません。皆さんが今までどんな証言をされたのか伺っておきたいのですが」
これはもっともな要求である。私は前節での各人の証言の内容をかいつまんで説明した。20:02〜20:20には、ミカとオーナーが一緒に居て、互いのアリバイを証明しているが、他の3人は誰にも姿を目撃されていないこと。および、20:20〜20:30のオーナーには未確認ではあるがほぼ鉄壁のアリバイがありそうなこと。そして、トムの部屋から聞こえてきたテレビの音から、20:02の時点ではトムはほぼ確実に存命していたと思われること…。
 聞き終わったゴンは、何故か楽しそうに言った。
「なるほど。かなり有益な情報でしたね。ただ、まだ不明な点があります。私からも皆さんにいくつか質問させていただいて宜しいでしょうか」
 私はゴンに許可を与えた。『大和魂』のTシャツは、山道を歩いてきたからか、先程までよりも更に汚れ、体臭も更にきつくなっている。
「まず1つめ。凶器はどこに行ったのでしょうか。というか、なぜ凶器が無くなっているのでしょうか」
私はそれに応えた。
「それは犯人に聞かなければ判らないことだが、凶器を残しておくと、入手先や誤ってつけた指紋から足がつく可能性はあるだろう」
「それはそうですが、凶器を持ち出すということは、その隠し場所や捨て場所を考えなければならないことになり、これはこれで大変でしょう。ところで、犯人が凶器を現在も自分の部屋に隠し持っている可能性はあると思います。チーフ、各自の持ち物検査をしたらどうですか」
「う〜ん。私は警察官ではないのだから、そこまで個人のプライバシーに踏み込む権限はないし、やりたくもないよ。それに、犯人は既に凶器を処分している可能性が高いんじゃないかな。例えば原生林の中に隠すとか」
「実は僕もチーフに同感です。持ち物検査は無駄でしょうね。ならばもう1つの可能性として、凶器がこのペンションに元からあったもの、という可能性はありませんか。具体的に言うと包丁なんですが」
「鋭い。調べてみる価値はありそうだな。というわけでオーナー、後ほどご協力頂きたいのですが。先程の発信履歴の件も含めて」
私の言葉に、ゴンが付け加える。
「オーナー、是非今すぐお願いしたいのです」
するとオーナーは、力のない声で、
「わかりました。ではどうぞ」
オーナーと私とゴンの3人は、まず厨房に向かった。流し台下の戸棚の中には、包丁が4本きれいに並んでいた。オーナーが説明を加える。
「このペンションで人を殺せる刃物はこの4本の包丁しかないはずです。夕方の調理後、これらはきちんと洗っておきました。どうやらそのときの状態のままのようです」
ゴンは4本を交互に手に取り、顔を近づけて言った。
「確かに。人を殺した凶器には見えませんね。今は科学的な検査ができないので、断言はできませんが。次に、電話機を見たいのですが」
厨房向かいのドアからプライベートルームに入った。先程オーナーが慌てて飛び出した状態のままなので、鍵はかかっていない。オーナーは電話機の機能ボタンを操作し、通信履歴を呼び出す。
「出ましたよ。20:21から20:28まで、こちらの番号に発信しています」
「なるほど、これでオーナーのアリバイは完全に鉄壁ですね」
この返事は私のものだった。そのとき、ゴンは電話機に興味を示さず、ソファー脇の壁に立てかけた梯子を眺めていた。そして、またもや質問。
「このペンションにはこれ以外に梯子はありますか」
「ありません」
「この部屋にはパソコンがないようですが、このペンションのどこかにありますか」
「ありません。私はあの辺の機械にはどうも弱くて」
「色々訊いて申し訳ありません。オーナーにはあと1つだけ質問があるのですが、これは皆の前の方がいいと思いますので、遊戯室に戻りましょう」
我々は遊戯室に戻った。私は、ゴンが場を仕切り始めたことに若干不愉快を感じていた。それよりも、ゴンのこの自身ありげな質問の態度は何だろう。彼は何かを掴んでいるのだろうか。

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