オーナーの作った食事は、想像を遥かに超える美味なものであった。ビールやワインもかなり上質なものが準備されていた。我々は、約1時間余りの間、雑談を交えながら美酒や美食を堪能したのだが、それを詳述するのがこの文章の目的ではないし、後の殺人事件にもほとんど関係ない。ここでは、様々な会話の中から、事件と直接間接に結びつきそうな部分(3箇所)を拾っておくに留める。
まず1箇所目。私とオーナーとの会話。
「オーナー、このペンションに来るには、私たちが通ってきたあの獣道みたいな道しかないんですか」
「はい、それしかないんですよ」
2箇所目。ミカからオーナーへの質問。
「トム…あ、いえ、外村くんとオーナーとはご親戚だそうですが、どのようなご関係なんですか」
この質問に、オーナーとトムは瞬間顔を見合わせたが、少しの間の後、オーナーが応えた。
「う〜ん、一言で説明するのが難しいんですよ。喬君の母方のおじい様の弟の息子の配偶者の弟、それが私です」
「ということは、血は繋がっていないんですね」
3箇所目。ゴンからオーナーへの質問。
「オーナー、僕たちの部屋には電話はなかったようですけど、外部と連絡を取るにはどうすればいいんですか」
「1Fのラウンジに公衆電話がありますので、そこからお願いします」
この会話に、思わず私は割って入った。
「え、携帯電話を使えばいいんじゃないの」
「チーフ、気付かなかったんですか。ここ、完全に携帯の電波の圏外ですよ」
ゴンの指摘に、私は思わずポケットの中の自分の携帯を広げてみたところ、確かに“圏外”の2文字。
「へえ、日本にもまだこんな場所があるんだ」これは私の言葉。
ゴンが更に質問を重ねた。
「万一公衆電話が故障のときは、どうすればよいのですか」
「1Fの私の部屋に電話が1つだけありますので、それをお使いください」
食事の間、他のメンバーに特に変わった様子はなかった。中座したのは18時30分頃にルイが1回、18時50分頃にゴンが1回。いずれも10分程度だったので、トイレ(固形)と推察される。他に中座した者はいない。
19時10分、オーナーが食事時間の終了を告げ、入浴についての説明を始める。
「お風呂の準備はすでにできています。これから、皆さんで順番をお決めになってお入りください。ちなみに3人までは一緒に入れる広さです」
これに応えるのは、リーダーたる私の仕事だ。
「まず、女性2人が優先だな。ミカ、そっちはそっちで順番を決めてくれ」
「はい。ねえ、ルイ。一緒に入ろうか」
「ごめんなさい。私ちょっとこれからやることがあるので。ミカさんがお先にどうぞ」
「判った。上がったらルイの部屋に知らせに行く。それでよい?」
「はい、お願いします」
それを聞いた私はルイに向かって、
「じゃあ、君が上がったら、私の部屋に知らせに来てね。その後男性陣が入るから」
「わかりました」
引き続いてオーナーの発言。
「入浴の順番が大体決まったようですね。それでは、これから食堂を片付けますが、食器を厨房に運ぶのを何人かの方に手伝って頂けると嬉しいのですが」
私はそれを受けて、
「もちろん、お安い御用ですよ」
ゴンがそれに続けた。今日の彼はいつもより饒舌だ。
「ミカさんはさっさと風呂に入ってもいいんじゃないかな。支度の時は他の人より多く働いたわけだから」
無論、私もそれには異存はない。
「いいんですか。ラッキー。8時から『お笑い老若男女』を見たかったんだ。では、お言葉に甘えて」
ミカが一足先に食堂を後にした。残った我々は分担して食器を厨房に運んだ。全部運び終えた後、オーナーが言った。
「ありがとうございました。運ぶだけでいいですからね。食器洗いは自動化されているので、後で私が機械に放り込んで片付けますから」
ここで、私はオーナーに1つ頼みごとをした。ちょっと気になることがあったもので…
「オーナー、このペンションはオーナーのアトリエを兼ねているんですよね。ちょっと絵を見せてもらうわけにはいきませんか」
「あ、もちろんいいですよ。よろしければ今からどうぞ」
オーナーは気軽にそう応えると、厨房を出て廊下を挟んで真向かいにあるプライベートルームのドアを指差し、更に付け加えた。
「この中に小さな階段があって、そこから2Fの私のアトリエに行けます」
「すみません、急なお願いをしてしまって」
「いいえ、全然構いませんよ」
オーナーはポケットから鍵束を出し、そのうちの1つをプライベートルームのドアに差し込んだ。ちょうどそのとき、ゴンとトムとルイが玄関の向かいの中央階段へ姿を消すのとすれ違いに、ミカが階段を降りてきて、慌ててトイレに入った。そういえば食事中に一度も中座しなかったから、我慢していたのだろうか。きっとその後浴室に向かうのだろう。
私はオーナーと共にプライベートルームに入った。時刻は19時30分。